山口百恵
山口百恵はいまや伝説の歌手、女優になってしまいましたが、日本で他に上げるとすれば、原節子ぐらいなモノです。
1972年に日本テレビの公開オーディション番組「スター誕生」でスカウトされ、桜田淳子、森昌子と「花の中三トリオ」と呼ばれて一世を風靡しましたが、他の二人と山口百恵は違っていました。
山口百恵は反逆のアイドルとも言える歌手で、当時所属していたホリプロダクションの販売戦略のイメージ作戦に反して、山口百恵自身お好みで歌う曲を決めるようになっていきました。
当時でも今でも、アイドルにそのような自由が許されるはずもなく、異常な人気を誇っていた山口百恵だから出来たわがままと言えます。
ただ山口百恵をただのアイドル歌手と見るのは誤りで、デビュー当初はお世辞にも歌が上手いと言える歌手ではありませんでしたが、不思議な事に映画やテレビに女優として出演するようになって、俄然歌唱力がついてきました。
山口百恵の歌は、言わば演じて歌う歌と言えます。
例えてみればシャンソンなどの、ストーリー性を帯びた楽曲を歌い始めてから、山口百恵の歌の表現力が増したと言えます。
このようなタイプのアイドルは稀有なことで、歌手でも女優でも40歳や50歳になって、やっと出来るような表現力を若干二十歳にも満たないアイドル歌手が身につけてしまったことは、今更ながら驚きです。
山口百恵のデビュー曲『としごろ』から『ささやかな欲望て』までは、作曲が都倉俊一で、作詞が千家和也と言うコンビが続きましたが、『愛に走って』から作曲家が三木たかしに替わり、大ヒット曲の『横須賀ストーリー』では作詞が阿木燿子、作曲が宇崎竜童と、山口百恵の意向が反映されてきます。
『初恋草紙』、『夢先案内人』、『イミテイション・ゴールド』など阿木燿子と宇崎竜童のコンビの楽曲である事は、偶然で出来たヒット曲というより、山口百恵の強い意思の賜物と言えます。
さらにさだまさしが作詞作曲した『秋桜』、谷村新司作詞作曲の『いい日旅立ち』などなど、当時のアイドルに楽曲を提供して作詞家や作曲家とは異質な人たちに、楽曲を依頼し、それまでのアイドル歌手の歌とは異なった、より上質な歌を歌っていたことがよく分かります。
山口百恵は女優的な側面を持った歌手ですが、決して女優として評価するものではありません。
ただ山口百恵の歌には、女優として演技をした経験が不可欠なのことは、改めて山口百恵の曲を聞けば、お分かりになるはずです。