宮沢りえ
宮沢りえはモデル出身の自称女優が多いなかで、女優と呼べる数少ないモデル出身の女優です。
宮沢りえは1973年生まれの東京出身ですが、幼い時からモデルとぢテ活躍していましたが、1989年に映画『ぼくらの七日間戦争』に出演して、日本アカデミー賞新人賞を受賞した事が、宮沢りえにとって大きな転機と言えるでしょう。
篠山紀信氏によって撮影されたヌード写真集や、貴乃花との交際など芸能記事ネタで色々話題を提供した頃もありましたが、1992年勅使河原宏監督の『豪姫』に出演しているのは、特質すべきことで、勅使河原宏監督としても最後の映画でした。
それ以降生花の宗家についてしまったので、『豪姫』は勅使河原宏監督の遺作となるわけです。
宮沢りえを見ていると、日本映画全盛期の田中絹代や原節子の様な伝説的な女優とダブル雰囲気をもっています。
中村勘九郎(現・中村勘三郎)やビートたけし、市川海老蔵、中田英寿など色々な浮名を流しつつも、宮沢りえにとって、全てが女優としての肥やしとなっているような気がします。
1994年の市川崑監督の「四十七人の刺客」のかる役を始め、坂東玉三郎が監督主演した『天守物語』の亀姫役で出演していますが、この頃の宮沢りえは意欲的に色々なジャンルの作品に挑戦していると言えますが、確実に女優としてのキャリアを踏んでいる時期です。
舞台でも『天主物語』をやっていますが、歌舞伎の影響を受けたことは明らかで、それ以後の宮沢りえの演技に反映されていますが、歌舞伎と言うよりは坂東玉三郎から教えられたものが、大きいと言えるでしょう。
また野田秀樹作・演出の『透明人間の蒸気』、『ロープ』などにも出演し、芸域を広げていると言えます。
宮沢りえの主戦場はやはり映画になりますが、TVドラマでも、なかにし礼の直木賞受賞作品『長崎ぶらぶら節』のドラマにも出演し、市原悦子と競演しいていますし、NHKの大河ドラマでは常連の女優で、『元禄繚乱』やかっての交際相手だった市川新之助の『武蔵』などにも出演していますが、倉本聰の『北の国から』にも出演し、TVドラマでもかなり良質な作品に出演して来ました。
最近ではナレーションの仕事も多くなっている宮沢りえですが、その台詞回しには威厳さえ感じさせるほどです。
その傾向は、映画の演技でも同様で、女優として最盛期を向かえた宮沢りえの演技は、山田洋二監督の『たそがれ清兵衛』でも飯沼朋江役を好演していましたが、その存在感には驚かされます。
浅田次郎原作の『オリヲン座からの招待状』の主役豊田トヨ役を宮沢りえは好演していますが、しっとりした余韻のある演技は、他の同世代の女優では出せないものです。